温故知新

・「温故知新」

 生きていれば一度は耳にすることが耳にすることがあるとは思う。

 実は『論語』の一説って知ってた?ぼくは知らなかった。

 今日は孔子について話をしようと思ってたのだけれど、

 これが『論語』の一説だと知ったからこっちにしてみた。

 

 白文は「子曰、温故而知新、可以為師矣

 書き下し文だと「子曰く、故きを温ねて新しきを知る、以って師と為るべし。

 孔子は紀元前552年から紀元前479年の人と言われてるので、

 日本に合わせると弥生時代中期ぐらいですね。

 そんな時代からこんな事を考える人が居たと思うと凄いなぁと敬服します。

 その頃のヨーロッパにはピタゴラスとかが居て、それはそれで凄いんだけれど。

 

 話は戻して「温故知新」へ。

 「昔のことをもう一度調べたり考えたり応用したりして、新しい知識を見出そう」

 というのが大まかな意味。

 書き出して考えてみると、ぼくらの普段の生活そのものだと思う。

 大学へ行って、過去の研究からわかったことを学んで、自分なりに解釈をする。

 それを応用して今度は別の何かを産み出そうとする。

 勉強だけじゃなくて、日常でも同じようなことを繰り返しているのだろう。

 そういう意味では毎日の全てが「温故知新」なのだ。

 

 ぼくたちが何かをする度に、それはぼくたちがするよりも前の人たちの何かがあって

 そのことを気を付けたり、参考にしたりすることで生活している。

 新しい発見や発明もそれ以前の失敗があるから成功するわけであって、

 何もかもが全て新しい発見なんてものはもう存在しないのだろう。

 未来ではぼくたちの失敗や成功を元にして、新たな発見や発明が行われるわけで、

 ある意味ずっと「温故知新」なのかもしれない。

 

 そんなわけで今日は「温故知新」について考えてみたけど、

 考えれば考えるほど昔の人って凄いこと考えてたんだなと感服します。

 現代の人では思いつかないようなことを考えてるしね。

 それだけ現代は便利になったということなのかもしれないけれど。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

便利になるのは良いことだけじゃないような気がします。