世の中には2通りの人間が居る

・世の中には2通りの人間が居る。

 それは物事をスッと割り切れる人と、なかなか割り切れない人だ。

 こういう風に書くと割り切れる人が良いようにも聞こえるけれど、

 諦め癖がついている人と熟考して物事を考える人と書くとこれまた変わってくる。

 何事も色んな側面から見ないといけない。

 一方向からばかり見てると気づけないことがたくさんあるというのが持論だから、

 どっちがいいなんてのは一言では片づけられない。

 

 ぼくはどちらかというとスッと割り切れる方の人間で、

 どうやら同級生の中ではなかなかに珍しいぐらいに割り切れすぎているらしい。

 時々そういう話になって君は大人だねと言われるけれど、それは違う。

 良い面だけで見ればそうなのかもしれないけれど、

 ぼくから言えば熟考したり悩んだりするだけのバイタリティがなかったり、

 加えていうなら何事にも諦め癖がついてしまっているとも言える。

 そんなぼくからすればなかなか割り切れない人が時々羨ましくも思う。

 悩めるだけのバイタリティと選択肢があるわけだから。

 

 そんなぼくでもスッと割り切るときに必ず自分に問うことが2つある。

 その選択で後悔をしないかということと、

 周りに自分を押し付けてないかということだ

 凄く当たり前のことを言っているんだけど、これが意外と難しい。

 これが難しいことは熟考する人の方がよく感じるのかもしれないし、

 むしろ個人的には割り切れる人の方があんまりこういう事を考えてないと思う。

 だからこそ必ず自分に問うと決めているんだけどね。

 どれだけ割り切れてもそれが自分勝手じゃなんの意味もないからね。

 

 そういうわけで今日は割りきってるぼくの話だけをしちゃったけど、

 今度は割り切れない人の話もしたいなぁ。

 どこかに悩みすぎる人が居ないかなぁと思いながら、

 きっとバイト中に見つかるだろうと勝手に思ってる。

 居酒屋には色んな種類の人が集まるからそんな人も来るだろう。たぶん。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

割り切れるのと諦め癖がついている、どっちも正しい評価です。