可能性を考える

・昨日、今日と台風が日本列島で猛威を振るっている。

 台風はもちろん風が強いから危ないのだけれど、雨もすごい。

 色んな川が氾濫危険水位まで上がってて、多くの市区町村で避難勧告が出ていた。

 川が氾濫の危険があるほど降っているという事は土砂崩れの恐れももちろんあって、

 そりゃもうどこもかしこもてんてこ舞い。

 同じリポーターさんが10分置きに中継してて、やっぱり大変だなと。

 ぼくの周りは雨はそこまでだったのだけれど、風が凄くて傘をやられてしまった。

 加えてバイトへ行く途中にスーパーの隣の公園で丸々一本のネギが落ちていた。

 「なんでネギ?」「なんで丸々一本?」「なんで拾わなかったの?」

 という風に疑問は尽きない。きっと急いでいたのかもしれない。

 

 さて長い前座もようやく終わって本題へ。

 ぼくは好奇心が旺盛で見るものに対して妙に色んな事を考えだす。

 さっきのネギの話みたいに、何故?の可能性をたくさん考えたくなるのだ。

 そこに答えは別に必要じゃなくてその可能性を考えることが楽しい。

 例えば電車の中でこどもが泣いていたとしたら、

 「疲れたのかな?」とか「何か嫌なことがあったのかな?」とか。

 仮に「疲れた」とすると今度は「どこへ行った?」とか「何をした?」という風に。

 

 こうやって色んな可能性を考えると自分の思いもよらないことが思いついたりする。

 で思いもよらないことが思いつくと調べたくなって調べる。

 こうするだけで日々ちょっとずつ何かしらの知識が溜まっていく。

 もちろん何の収穫がない日もあるけどね。

 自分で考えて自分で調べる。ある意味勉強の基礎なのかもしれない。

 

 昔は調べて納得しておしまいだったけど、最近はここに書くことで昇華している。

 今日も本当は川の話か台風の命名の仕方の話でもしようかと思ったけど、

 バイトの道すがらに一本のネギと出会ってしまったのだから仕方ない。

 何故?の話をすることにした。

 世の中は色んな可能性に溢れていていいのだ。

 ネギに出会うことだって可能性なのだから。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

確率は決まってるけど、可能性は無限大。誰かが言ってた気がします。