向日葵と月見草

・数あるプロ野球選手が居て、色んな名言を残している。

 例えば落合博満元監督だと

 「良い時も、悪い時も同じ態度で接してくれた人だけ信じられんだ、

 そういう人と一生付き合っていきたい」だったり、

 イチロー選手だったら

 「キャンプで色々なことを試すことはムダではありません。

 ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません」だったり。

 

 数ある中でぼくが常に忘れられない言葉がある。

 それは野村克也元監督の

 「ONがヒマワリなら、オレはひっそりと咲く月見草」だ。

 実際に言ったのではなく、話を簡略化するとこうなるという訳なんだけど。

 これは選手時代に600号ホームランを打った時に言った言葉である。

 本当はこう言ってたらしい。

 「自分をこれまで支えてきたのは、王や長嶋がいてくれたからだと思う。彼らは常に、

 人の目の前で華々しい野球をやり、こっちは人の目のふれない場所で寂しくやってきた。

 悔しい思いもしたが、花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと

 咲く月見草もある。自己満足かもしれないが、そういう花もあっていいと思ってきた」

 

 当時のパ・リーグは人気も今ほど高くないため、やはり記録もあまり注目されない。

 そんな中で考えに考え抜いてあのような言葉を発したのだと思う。

 自分はどこまで行っても陽の光を浴びるようなヒマワリではない、

 だけれども誰も見ることのない夜に綺麗に咲く見草なのだろうと。

 

 この言葉をネットで見た時にこういう風に考えられる大人になりたいと思った。

 現代社会でヒマワリになれるような人は少ない、

 多くの人間がヒマワリになろうとして、でもどこかで挫折をしてしまう。

 その時にこそ、この言葉を思い出してほしいと思う。

 ヒマワリになろうとしなくていいし、ヒマワリになれなくたっていい。

 だからもしヒマワリになれないのなら、

 せめて月見草のようにひっそりとでも綺麗に咲けばいい。

 きっとその綺麗に咲いている様を見てくれる人がいつか出てきてくれるだろうから。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

ヒマワリにはヒマワリの苦労が、月見草には月見草の苦労がありますよね。