感謝とあたり前の日々

・どうやら昨日は山の日だったみたい。

 なんでわざわざこうやって書くかというと、そもそも覚えてなかったから。

 今までも祝祭日ってあんまり覚えてなかったけど、

 大学生になってから更に覚えられなくなってしまった。

 ぼくの行ってる大学では祝日が基本的に休みじゃないというのが主な原因。

 あくまで更に覚えられなくなった原因がそれであって、

 覚えようとしてない自分にも非はあるからね。

 

 気になったから日本の祝日もとい国民の祝日を調べてみると16日もあるらしい。

 なんのヒントもなく16日きっちり言える人は居るのかな。

 ぼくは日付を出されたり、~の日って出されても答えられないだろうなぁ。

 こどもの日・元日・天皇誕生日ぐらいしか日付と名前は確実に一致しない。

 あとは名前か日付のどっちかしか合わないか、

 もしくは合っていたとしてもそれは偶然の産物だろう。

 

 さて問題はここからで国民の祝日は祝日であって休日ではない。

 いや一応祝日法というのがあって、

 それの第3条第1項で休日になるとは定められているけれど実際はそうではない。

 国民の全員がその日に休日だったら、コンビニもスーパーも閉まってるし、

 水道ガス電気は使えない、電車もバスも走ってない。

 犯罪が起きても野放しで、急病人が居てもそのまま野垂れ死にだ。

 祝日という休日の日にもかかわらず、

 働いてくれている人が居るから快適かつ安全に暮らすことが出来ている。

 それが仕事だと言ってしまえばそれまでだけどありがたい話だよね。

 

 ちょっと説教くさくなってしまったけど、

 日々ありとあらゆることに感謝を忘れないのって難しいから、

 気づいたときにちょっとでも感謝をしておきたいよねって今日は言いたい。

 「失ってからわかる大切さ」という言葉がある通り、

 今はなんとなくあるのが当然だと思って生活してるけど、

 さっきのだけじゃなくて何にしてもあることに感謝しないとね。

 今こうやって過ごしている時間もいつかどこかで欲しくなる時間かもしれませんね。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

「いつかは失うと知ってるから あたり前の日々はなにより美しい」

ぼくの好きな歌詞の一つです。