今日の雑感記事

・書いた記事の数が50を超えてくると一体何について既に書いていて、

 何について書いていないのか段々と曖昧になってくる。

 きっとこれは読んでいるほうも同じで、見直してみたらわかるけど見直さなかったら

 そんな話してたかなぁと思うようなことが多々あると思う。

 そりゃまぁ書く記事800字としても50記事で4万字、しかも毎回違う話ときた。

 自分でもよく書いたよなぁと思うし、曖昧でも当然だなと思う。

 

 さてこの4万字というのは実際どれほどの数字なのかというと、

 一般的な新書のだいたい3分の1から4分の1程度。

  さらに真偽は別としてTwitterの平均文字数が40文字ぐらいだそうで、

 そうするとだいたい1000ツイートぐらいだね。

 4万文字って書くと多く見えるけど、1000ツイートだと大したことないなと思って

 しまうあたりTwitterに毒されてしまっているなと思う。

 逆に一般的新書の3分の1から4分の1と見ると割と頑張ったんだなと思える。

 

 そう考えると小説家の人って大量の知識と鍛えられた構成力で小説を書いている

 のだなと改めて尊敬させられる。

 なんせこれの3倍もの量をは2.3ヵ月ぐらいに1冊のペースで書き上げてしまう。

 ぼくが必死に7万字書いているうちに向こうは15万字程度、つまり4倍は書いている。

 しかもそれぞれの登場人物に矛盾のない様に発言をさせて、

 加えてシリーズものだったら前後の話とも矛盾がない様に話を構成する。

 並大抵の記憶力がないとそんなこと出来ないだろうし、

 何よりこのレベルで何書いたか記憶が曖昧じゃ小説家には絶対になれないと思った。

 (なりたかったわけではないけどね)

 

 将来何になるかなんてのはいまのぼくにはわからないけど、

 とにかく小説家にはなれそうにないことがわかっただけでも一つの収穫だ。

 だからといって今のこれが無駄になるわけではない。

 こうやってやっていることがいつかどこかで花が咲くかもしれないし、

 今は趣味でやってるから割と楽しい。

 いつか凄い人の目に留まったりしないかなぁなんて思ってます。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

そんなこと思ってるうちはダメなんだよなと心の内ではわかってます。