今日の雑感記事

・昨日の晩はなんとなくではあるけれども「自炊」をしてみた。

 なぜ「料理」をしたと言わないかというと、焼くか炒めるかしかしてないからだ。

 スルメイカを捌いて山芋と焼く。鶏肉としめじを一緒に炒める。

 お酒のアテが欲しかったというのと、お酒を呑みながら「調理」をしていたから

 このようなチョイスになってしまった。

 お酒を呑まない予定ならご飯とお味噌汁を中心にもうちょっとマシな「料理」

 をしていた自信はある。出来ていたかどうかは別としてね。

 

 そういう風に考えると今回は料理の話だったけれども、

 似ているようでちょっと違うものって結構あると思う。

 「自炊」と「料理」と「調理」とか「研究」と「勉強」と「調査」とか。

 何がどう違うのかを何も見ずにきっちりと説明出来る人は少ないと思う。

 実際ぼくも調べるまではなんとなくでしか説明できなかったからね。

 日本語が母語のはずなのにちゃんと説明の出来ない日本語があるというのは

 もちろんあって当然なのだけれど、どうにもむずがゆい感じがする。

 

 例えばぼくらが英語の「look」と「see」と「watch」の違いについて

 説明を出来なくても、きっとそれはなんとも思わないのだろう。

 むしろ説明が出来る人を見れば、「ああ、この人は英語がわかるんだな」って

 思う人も居るかもしれない。

 だってぼくらは英語を日常的に使ってるわけじゃないからね。

 しかし「見る」と「観る」と「視る」の違いについて説明が出来なかったら、

 やっぱり違和感を感じる。

 「欣喜」と「僥倖」の違いは説明できなくてもしょうがないと思うんだけどね。

 

 要は母語として使ってる言語で簡単なものぐらいは

 ちゃんと説明できるようになりたいというお話でした。

 一体どこまでを簡単としてどこからを難しいとするのかはまた別の話だけど、

 それでも日常的に使う単語の意味ぐらいはきっちり説明出来るようにしておきたい。

 それこそ「調理」と「料理」と「自炊」みたいにね。

 そうなると今日のぼくの晩御飯はやっぱり「調理」になるんだよね。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

最近はめっきり「料理」をしなくなったけど、「調理」方法はバイト先の見様見真似で覚えちゃったよね。