今日の雑感記事

・この間とはいっても既に3ヵ月ぐらい前になるのだけれど、

 野際陽子さんが亡くなった。

 もちろんのこと知り合いでもなんでもないが、ぼくらにとって知ってる人が亡くなる

 というのは身近でなくともなんとも言えない気分になる。

 ぼくらが中学生や高校生ぐらいの時は有名人が亡くなったって聞いても、

 知ってるような人が亡くなるなんてのはそこまでなかった。

 知っていても名前を聞いたことがあるか、テレビでチラっとみたことあるぐらい。

 でも大学生になるとそれは大きく変わって、

 名前もよく聞いたことがあれば、テレビで準主役ぐらいの人が亡くなっている。

 つまりぼくらにとって死というものがより身近になっているのだ。

 

 これは有名人だけの話ではなくて、ぼくたちの親族にも当てはまる。

 もう既に亡くなっている人も居るかもしれないが、

 ぼくらの祖父母だって正直いつ亡くなってもおかしくない年齢にはなってるはずだ。

 さすがに両親はまだそこまでの年齢になっていないだろうけど、

 いつ病気をしてもおかしくない年齢にはもうなっている。

 だからぼくらは死に対して本格的に向き合い始めなければならない年齢なのだろう。

 

 子どもの頃は人間が死ぬという事は知っていても、

 自分の周りはなんとなくだが生き続けると思い込んでいる。

 でも徐々に大人になるつれて知っている人や親しい人を失っていくうちに 

 永遠なんてものはなく、形あるものいつかは壊れることを理解する。

 だからこそ今出来ることはやっておくべきなのだろう。

 両親にちょっとずつでいいから親孝行をしておいたり、

 自分にとって大切な人に対して時々でいいから感謝の気持ちを伝えておいたり。

 後悔先に立たずって言うしね。

 

 ここまで両親や大切な人が亡くなることを前提に書いていたけど、

 逆にぼくらが死ぬかもしれないね。

 活動範囲は広くなったし、出来ることも増えた。

 それゆえ守ってくれるものはなくなるし、危険に出会う確率もぐっと上がる。

 それこそ事故や病気になることだって考えられる。

 常に死を考えろとは言わないけれど、

 やはり時々でいいから死というものについて深く考えておくべきなのだろう。

 

今日も読んでくださりありがとうございます。

こんなことばっかり考えているから思考が年寄りになる可能性が高いのかもしれないね。